チッチとサリーの愛の形
中学の時、はまった漫画があった。私は漫画やアニメの類は大好きなので色々はまった中の一つ<小さな恋の物語>。ファンタジーものが好きな私にしては珍しく恋愛ほのぼの系だった。<チッチ>という女の子と<サリー>という男の子のなんだかじれったいような、切ないような、そんな漫画だった。チッチはサリーの事を一生懸命考えて今よりもっと好きになってもらおうと頑張る。でも大体独りよがりで相手に気持ちが通じなかったり自分が思う程喜んでもらえなかったりする。で、泣いちゃったり落ち込んだりする。読んでるこっちは頑張れチッチと思ったり、そんなことでウジウジするなと苛々したり漫画の中に手を突っ込んで背中をとんっと押してあげたくなるようなそんな恋愛漫画だ。
最近の恋愛漫画は、違うらしい。ティーンズラブ?だったかな?10代対象の<恋愛漫画>という建前で、やりまくってる描写だらけ。恋愛ってさ、付き合うまでのやりとりとかが結構価値があったりするんじゃないのかな?しかもその漫画、本屋さんに普通に売ってて、表紙を見る限りはズコバコやってる漫画には見えないんだって。大手の出版社からも創刊されてたり。大手から・・・売れるものはプライド捨ててでも売っちゃうのかな。やっぱり背に腹は替えられないか・・・武士は喰わねど高楊枝ってもう死語になっちゃったかなぁ・・・
性の情報の多様化、時代の流れ。とか関係ないんじゃないかなぁ・・・だって石器時代から人間の子供の生まれる所は一緒だし、作り方も自然の場合は変わってないし。子供を産むのは大人の権利じゃないのかなぁ・・・権利を得るためには義務を果たさないといけない。日本でいえば労働だったり、納税だったり。守られっぱなしで自由も権利も無いと思う。でもそういう漫画作ってるのは大人なんだよね・・・その漫画読んで感化されて子供が出来ちゃった、そういう子供を、漫画を売らせた責任として大人は守ってあげないといけないのかなぁ・・・。売る方も<売る側>としてのプライドと言うか暗黙のルールがあって、公序良俗に反する物は売れるからと言う理由だけで堂々とは売らなかった気がする。イカガワシイものはイカガワシイ表紙でイカガワシイコーナーでしか買えない、または口コミでゴニョゴニョ伝わってきた情報がなければイカガワシイ物は手に入らなかった。手に入れてもイカガワシイと思いながら所有していた。それが最善とは言わないけど・・・
私は、そんな漫画が堂々と胸なんか張って「時代だからいいのだ~。現代の恋愛漫画なのだ~」を大義名分におてんと様の高いうちからウロウロするのが善いとは思えない。私はそんなの好きじゃない。だって恋愛関係の繋がりの深さは体を求め合った回数じゃないもの。
チッチはサリーに、ほっぺにChu♪が精一杯
でも立派な恋愛漫画なんだけど、なぁ・・・。
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